子ども時代への郷愁
庭木のある家。biriさんのコメントから子ども時代を思い出しました。
最近読んだカズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』の影響もある
かもしれません。
ミステリー仕立てのおもしろさも加わって
夢中になってしまいました。
両親の謎を探求する物語でもあるのですが、
子ども時代の意識がそのまま物語になっています。
事実なのか虚構なのか判然としない語りと意識
の飛躍が私自身の子ども時代の記憶と重なって
共鳴してしまい、よけい郷愁を感じたのでしょう。
カズオ・イシグロは村上春樹と同様に体癖6種の
ような気がします。
子どもの頃に住んでいた鎌倉の家は小さな家でしたが、
庭には天津(てんしん)桃、柿の木、いちじくが植えてありました。
グミの木は隣家だったか、自宅にあったのか
記憶が曖昧です。グミの実もよく口の中に入れていたなあ。
天津桃なんて知っている人、あまりいないと思います。小さくて固い桃です。
母が新聞紙で袋を作って、桃に虫がつかないようにかぶせていたのを覚えて
います。
柿は大きな実をつけるのですがとんでもない渋柿。手入れがよくないせいか、
あまり実をつけることはなく、干し柿にでもして食べたのか、あまり記憶がありません。
いちじくは、もいだ後の白い汁にかぶれて、かゆい思いをしましたが、
懲りずによく食べていました。
桃は果物の中で一番好きですが、どんなに高級な白桃を食べても、
幼い頃に食べた天津桃のおいしさにはかなわないなと思っています。
これは、いちご、トマト、きゅうり、鶏肉についても言えます。
ひとことで言うと野趣があるのです。
口当たりのよいように改良されていないせいか、人に媚びない味。
いちごは小粒で酸味があり、きゅうりはへたを切ると白い汁が出て苦味があり、
トマトは日向くさい。
鶏肉は近くの鶏屋さんに絞めてもらった鶏を買いに行ってました。
新鮮な鶏のレバーの中にまぎれている黄色い卵が大好きでしたっけ。
こども時代の原風景というのは、その場所を離れたときに焼きつくもののようです。
味覚も子ども時代に作られるのでしょう。
ひょんなことから、15歳まで住んでいた場所へ行って見ることになりました。



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