植松三十里 「千の命」
『お龍』に続いて、』植松三十里の『千の命』と『彫残二人』を読んだ。
彼女の作品は埋もれた歴史上の人物を発掘し、物語にしている。
千の命は江戸時代中期、出産が女性にとって、死と隣り合わせだった時代に
独学で臨床の現場から回生術をあみだし、多くの難産の女性を救った賀川玄悦
の生涯を描いている。
西洋の医術に先駆けて、母体の中の胎児の正常な位置を知っていたという。
現代だって、産科医不足で病院をたらい回しにされて妊婦が死亡のニュースが
流れるくらいだから、今だに出産は女性にとって命がけかもしれない。
江戸時代、医者に診療してもらうこと庶民にとっては高値の花。
そんな時代に、売春を職業にしている女性たちのために子どもを産める場所まで
作っていく。
その情熱は妾腹の生い立ち、難産で実母を失う際にも親子の名乗りを
上げることはできず、身分によって治療を受けられない母親を救えなかったくやしさ
と罪悪感が玄悦が命を救う仕事に携わる強い動機となっている。
封建時代の家父長制というのもすさまじい。女性はひたすら忍の字だ。
回生術をあみだすための患者がたくさん必要だったという面もあるだろうから、
単純な善意には収まらない執念もよく描かれている。
資料からこれだけの人物像を創造していく作家の筆力には感嘆してしまう。
当時のお産の歴史を知るだけでなく、妻妾同居の夫婦の葛藤、子どもたちとの葛藤
など家族の物語としても読める。
人の誕生や死が病院で管理されるような時代になって、命は見えないものになって
しまったなあとあらためて思った。
彫残二人に描かれた林子平は江戸時代の三大奇人のひとりらしい。
大砲を装備すれば国を守れるという国防策についてはよく分からないが、
幕府の弾圧にもめげずに、自分のに書いた版木を命がけで守りぬこうとする姿は、
感動的。
自分の足で日本中を歩いて国防の必要性を説いた本を出版しようとする子平の
念はすごい。
生きている時には報いられることのなかった人生に光を当てている。
ペリーショックを迎える時代の危機を先取りしていた先見性を示しているそうだ。
私が両作品に共感するのは、社会の底辺にある人々、売春婦やアイヌの人たちに
対する眼差しが時代の制約がありながらも、主人公を通して生活者として公平に
描かれていること。これはきっと作家の眼差しでもあるのだろう。
いずれにしろ、使命感に燃える人間のエネルギーというものはすごいものだ。
私に一番欠けているものだなあと本の世界でひたすら、感心するばかり。
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