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2016年9月10日 (土)

佐渡へ 薪能

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8月半ばから一週間佐渡へ行ってきた。目的は薪能。

ここ、2、3年よく能を観に行く。

合気道から日本の武道をきっかけに、日本的な身体技法に係る伝統芸能に目が
向くようになった。

特に能は、抑制された動きの中で、観る側の想像力が搔き立てられ、幽玄な世界に
誘われる。あの世とこの世は、見えない世界と見える世界で繋がっている。

絶対的な宗教に身をゆだねることはできなくても、草木自然に霊魂が宿ると考える
アミニズムには親和性がある。基層において繋がっているから、
違和感なく、能に魅せられていく。笛の音はあの世への扉、鼓の音は魂の響き。

Photo薪能は初めてで、ちょうど行く前に瀬戸内寂聴の
『秘花』を読んだ。
佐渡に流される世阿弥の回想から始まる物語。

室町幕府の権力者将軍義満に寵愛され、絶頂期を味わいながらも、配流の憂き目に遭う。

世阿弥の始めた「夢幻能」はあの世とこの世に橋をかけ、死者の霊が自分の悲しみを訴える。

その演目の一つが「鵺(ぬえ)」だ。

作家は世阿弥の屈辱と絶望から生まれた作品と直感したと
書いていた。
それで、この演目が佐渡で演じられると知り、見に行きたくなった。

舞台は、j承久の乱で流された順徳天皇の第二皇女を祀った二宮(にくう)神社

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火入れ式 午後6時半

仕舞    蝉丸  熊坂  清経

 能     鵺

仕舞の蝉丸と熊坂は若い女性達が演じ、清経は熟年女性が演じた。

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能の演者は前シテ(主人公)と後シテ二人で演じられた。
東京の国立能楽堂で観るプロの能楽師たちの洗練さはなくても、茅葺屋根の能舞台
での上演は場の力といえるような地霊が漂い、芸能の原点に出逢ったような気がして感動した。

それにしても若い女性達の仕舞は、かっこよかった。

能の世界も圧倒的に男性社会。女性の能楽師も増えて欲しいなあ。

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帰る時に夜空を見上げると、きれいな満月に近いお月様が輝いていた。

昼間訪ねた世阿弥に因む腰掛石や墓石はなにやら、作り物めいていたが、
能舞台の存在感は、佐渡の風景にすんなりと融けこんでいた。 ー続く

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