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2016年10月10日 (月)

樹木葬

011                       墓地から見える風景

60歳になったら、自分の墓を探そうと思っていた。
色々と探してようやく見つけた。

両親の墓はあるのだが、そこに入りたくない。
死んでまで家を背負うのは嫌だ。自由でいたい。
家意識も希薄だし、ひとり暮らしの身、看取る人もなく孤独死の可能性が高い。
死んだら分からないのだからどうでもいいというのもありだが、生きている内に
自分の死を考え準備して置くのは、自分らしく生を全うするための選択として大事
だ。

最初、ネットである写真家の鳥葬の写真を見た。衝撃が走った。
これだ!と思った。インパクトのある写真だった。

天葬ともいうが主にチベットでの葬送の儀式だ。

死体を断片化しハゲタカなど鳥類に食べさせる。専門の鳥葬を執り行う職人がいて、
骨まで砕き何も残さない。

一切が無になる。

環境保全の視点でも自然を循環させることになるのだから理にかなっている。
だが、日本では難しい。

死が魂の解放された状態だと思えば、肉体はモノと化す。

その感覚は、私にも覚えがある。火葬場で母が骨になった姿を見た時、一瞬にして
ただの骨という物質になった。私は一体、何を見てきたのだろう?という疑問に
とまどった。どれだけ肉体に囚われていたのか思い知らされた。

つきものが落ちたかのように、死んだことが受け入れられた。

一切を無にという根源的な私の中にある欲望がどこから来ているのか、
よくわからない。
若い頃にあれほど自分の空虚感に苦しんできたのに、今そこが自分の存在の
あり方だと思える不思議。

人生は逆説に満ちているってこと?!

それで見つけたのは岩手県の山奥だ。

私が購入した樹木葬墓地は1999年に初めて一関にある祥雲寺の先代住職が命名し、
環境保護を目的に始めた。10年前に宗教法人として認可された知勝院が墓地を
管理している。

趣旨に賛同したこともあるが、上野のホテルでの説明会に出向き、担当者と話して、
迷わずに決めた。

墓石や骨壺もない。環境に合った低木を選び、その根元1メートル近く掘り、
そこに骨を埋めるだけ。
自然の一部として土に還る。実際は人骨というのはしぶといらしい。
土になるにはかなりの年数がいるようだ。

里山型と奥山型の二種類あるのだが、私は一人だから墓参に来る人もない。
だから、大迫(おおはざま)地区の奥山型にした。

年に2回しか入れないので、埋骨場所を決めるために現地に行ってきた。

新幹線の新花巻駅で下車して送迎のマイクロバスで現地に向かった。
花巻は宮澤賢治の故郷だ。

バスで40分近く、北上山地に連なる早池峰山の麓の自然豊かな場所。
ちょうど国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコの無形文化遺産にも
登録されている薪神楽、岳神楽の日だった。観たかったのだが、講座と重なり
日程が合わなかったのが残念。

ワイン祭りも開催されていたが、これも時間が取れなかった。

015

到着した桂宮庵での説明会があり、
手打ち蕎麦の昼食を頂いた。
隣の畑で作ったそばで、付け合せの野菜や漬物も
美味しかった。

食後、マイクロバスで山に入った。

007_3 バスを降りて山道を歩く。

        009010

途中清水が流れていた。私が選んだのは一番奥にある高い場所だ。
一ヶ所だけ空いていたので、そこに決めた。
背後には紅葉のきれいなウメモドキの木が赤い実をつけていた。目の前は山桜。
私が選んだ低木は青い実のなるサワフタギ。

014 車を止めた場所の川べりには水引の花が一面に咲いていた。

桂宮庵で待っていた担当の菊池さんから「一番奥でしょ」と言われた。
「どうして、わかるの?」と聞いたら、「わかりますよ、らしいじゃない」と返され、
嬉しかった。

やはり、これも縁だと思う。自分を理解してくれる人が担当というのは安心だ。

地元の人達には以外に知られていない樹木葬。
先祖代々、りっぱなお墓があるのが当たり前だから、墓を立てないなんてことは
ありえない。

都会の人たちが買うのだ。ここは宗教は関係ないし、俗名でも埋葬できる。
少子化で墓を守ることも大変になっていて墓じまいという話もよく聞く。
手頃な料金で時代のニーズを満たしている。

色々なイベントもやっていて、地域と都会の交流も生まれ地域の雇用にもなって
いる。

ここは死後の遺骨引き取りから死後の諸手続き(年金、家賃、水道光熱費などの
差し止め)の代行を依頼できる。
もちろん、別料金で墓地よりも高額になるが、単身者で身寄りの無い者にとっては
心強い安心システムだ。

これで、野垂れ死にできる自由を手にした気分。
死に場所が決まったことで、こんなに解放感を味わえるとは・・・

死ぬのも楽しみになってきた。

聞いた話によると先祖は岩手から山形に移ったというから、東北には縁があるのだ。
遺伝子が呼んでいたのかなあ。
訪れた自然の風景がなつかしい。新しい故郷ができたみたいだ。

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