旅行・地域

2017年5月15日 (月)

続き 八国山サイクリング

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この記事を書くにあたって、「となりのトトロ」を久しぶりに観てみた。
うう~ん、いいわ。

いくつになって観ても、胸がキューンとする。
5月の名前を持つさつきとメイは私の中にも確実に存在すると思えるから。
自立と依存のテーマの普遍性をこんなにファンタジックに子どもの目を通して描いて
くれたアニメってきっと、年齢に関係なく心に響く。

越し方を振り返ってみると、私にもトトロ的な人物には人生の通過地点で出逢って
いるなと、思わず笑ってしまった。ホントにトトロ的な体型だったけ。

それにしても、移転と同時に地元の自転車屋で買ったママチャリ。ちょっと後悔。
スポーツ自転車にすればよかった。
長距離だと尾てい骨が痛くなる。

005

易がイマイチだったんだよなあ。
一生乗るつもりで三段ギアの新車を買ったんだから、大事に乗らんといかんのだけれど・・・

朝11時に家を出て、ガイドブック通りに秋津駅から東村山市と所沢市の間を流れる柳瀬川と西武池袋線が交差する場所にある「淵の森」に向かった。

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2017年5月10日 (水)

八国山サイクリング

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図書館で借りた『多摩のまち 自転車探検』斉藤円華著という本をガイドに連休の
一日をサイクリングした。
この本の著者の考え方や暮らし方にも共感を覚えたが、何より自転車探検を楽しんで
いるのが伝わってくるのがいい。

最初に紹介されているのが「東村山にトトロの森を訪ねる」だ。
私は熱心な宮崎駿ファンではないが、『となりのトトロ』は好きだ。
私が子どもだった昭和30年代の自然風景や子どもの心性がよく描かれている。
山の向こうには何があるのだろうと
わくわくしてしながらも、未知のものや死には圧倒されるような恐怖を感じていたっけ。

子どもにとって、おばけはリアル。むかしのトイレは水洗じゃなかったから、トイレに
行くのも怖かった。便器の穴からおばけが出てくると本気で信じていたもの。
あの時代、まだ夜は闇だった。

むかし箱庭療法を勉強していた時に通った光元和憲さんの著書の
内省心理療法入門』の中で紹介されていた「となりのトトロ」の分析は秀逸だった。
どんな困難も子どもなりに自分を守る方法を編み出しながら成長していくってことが
ストンと落ちた。

前置きが長くなってしまったが、発行から7年経ったガイドブックを片手に
探検気分でいざ、出発。                          ー続く

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2016年10月20日 (木)

岩手県 花巻

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樹木葬の墓地を決めるだけで日帰りするのはもったいなくて、花巻温泉に二泊した。
花巻は宮澤賢治の故郷だ。

生きているときは不遇だったが、今やかなりの観光資源となって地域に貢献している。
連休のせいか人出が多く、賢治記念館は駐車場が満車で、停められなかった。

混んでいる場所は苦手だからパスして、イギリス海岸なる場所に行ってみた。
明治時代、地方の田舎に住むお金持ちの坊ちゃんの欧米に対する憧れ、
ハイカラ趣味には、今や気恥ずかしいぐらいだが、私にだってあった。

ずっと日本は脱亜入欧でやってきたから、無理もないか。
だから、戦時中の極端な外来語排除とかに行くのは、コンプレックスの反動形成
ってもんだ。

話が脱線。

賢治といえば体癖的に6種傾向で共通しているので、親和性はあるのだけど・・・

ストイック過ぎて、意識的に避けてきた。

「世界全体が幸せにならない内は個人の幸福はあり得ない」って言われちゃ、
永久に個人の幸せはないわ。
この大風呂敷について行けなかった。

でも、小学生の時に読んだ「よだかの星」は哀しくて哀しくて、ずっと、よだかの気分
に染まって死にたい気分になったっけ。

新幹線の中で読み直した「鹿踊りのはじまり」は故郷の風やリズムを感じていつ
読んでもなつかしい気分になる。

賢治が名づけたイギリス海岸は北上川のドーバー海峡に似ているからだそうだ。

031 今、水量が増えて、景色が変わってしまったらしいが、
                いい景色だった。

028 川の敷石を渡って、対岸を歩いた。

すると、「くるみの森」という無料休憩所があったので立ち寄った。

034ここは17年間もボランティアで訪れる観光客にお茶を出してもてなしている。
スタッフの平野さんが賢治の「雨ニモマケズ」の詩を花巻弁で朗読してくださった。

これには、感激。
しばし、時を過ごし、地元のご高齢のカップルとも話がはずんでしまい、名刺交換。いつでも連絡くれたら1000円で泊めてくださるとのこと。
言葉を真に受ける私に社交辞令は通じないと確認の上でのやりとり。
また知り合いができた。紅葉の時期、それはきれいだそうだ。

田舎の景色が好きだというと円万寺を薦められた。

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観音堂がある。円万寺は坂上田村麻呂が馬頭観音を勧請したのが起源とされる。

明治の廃仏毀釈のせいで、仏寺が神社になり、また戻されるという状態がそのまま残り、共存している。

下から歩いたら、けっこうな上り坂だが、車で行け、駐車場も完備。

ここからの眺望は素晴らしかった。
人がほとんどいなかったので、この景色を独占。

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バス亭には賢治の帽子とコートがかけた案内板にもなっている。

宿泊1日目は鉛温泉藤三旅館の湯治部

            023018

古い建物が好きだから、障子戸のある部屋は落ち着いた。

022 温泉は立ち湯。
他にも白糸の湯、桂の湯と露天風呂も貸切風呂もある。
時間によって、男女入れ替わるようになっていた。

湯治場で長逗留する場合には、基本の部屋代に必要なアメニティなどの料金を
加算していくシステム。

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2016年10月10日 (月)

樹木葬

011                       墓地から見える風景

60歳になったら、自分の墓を探そうと思っていた。
色々と探してようやく見つけた。

両親の墓はあるのだが、そこに入りたくない。
死んでまで家を背負うのは嫌だ。自由でいたい。
家意識も希薄だし、ひとり暮らしの身、看取る人もなく孤独死の可能性が高い。
死んだら分からないのだからどうでもいいというのもありだが、生きている内に
自分の死を考え準備して置くのは、自分らしく生を全うするための選択として大事
だ。

最初、ネットである写真家の鳥葬の写真を見た。衝撃が走った。
これだ!と思った。インパクトのある写真だった。

天葬ともいうが主にチベットでの葬送の儀式だ。

死体を断片化しハゲタカなど鳥類に食べさせる。専門の鳥葬を執り行う職人がいて、
骨まで砕き何も残さない。

一切が無になる。

環境保全の視点でも自然を循環させることになるのだから理にかなっている。
だが、日本では難しい。

死が魂の解放された状態だと思えば、肉体はモノと化す。

その感覚は、私にも覚えがある。火葬場で母が骨になった姿を見た時、一瞬にして
ただの骨という物質になった。私は一体、何を見てきたのだろう?という疑問に
とまどった。どれだけ肉体に囚われていたのか思い知らされた。

つきものが落ちたかのように、死んだことが受け入れられた。

一切を無にという根源的な私の中にある欲望がどこから来ているのか、
よくわからない。
若い頃にあれほど自分の空虚感に苦しんできたのに、今そこが自分の存在の
あり方だと思える不思議。

人生は逆説に満ちているってこと?!

それで見つけたのは岩手県の山奥だ。

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2016年9月30日 (金)

復活 佐渡の写真 

012

先日、太極拳の教室で昇級試験を受ける人がいるので、早朝の自主稽古用に
覚えたい所を動画を撮ろうと思って、デジカメを準備した。

佐渡で買ったSDカードは1000枚も撮れる容量がある。
取り外してあったのを入れ替えた。
ついでに昔の先生が出ている演武会のDVDから、今覚えたいところだけをデジカメで
動画に撮ることを思いつた。
動画をパソコンに取り込んだら、なんと、佐渡で間違って削除したと思っていた
写真がどっさり、入っているではないか!?

いったい、これはどういうこと?

何を勘違いしたのやら、まったく自分の頭の中が分からない。
謎、謎、謎だあー!

どこかで、無意識に古いSDカードに入れ替えたのかなあ?
まったく、覚えていない。

まあ、結果がよければいいことにして、写真だけ思い出にアップします。  

        006001_2 

            二ツ亀ビューホテルの絶品おけさ柿のシャーベット

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                    二ツ亀、大亀、外海府の景色

024 国分寺跡礎石

041 国分寺の池の蓮の花

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北条家住宅(国指定建造物)18世紀後半の漢方医の古民家

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ムカデを神霊として祀っている毘沙門堂近くの清水

068_2 世阿弥が住んでいたという正法寺

070 世阿弥の腰掛石

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佐渡スカイラインで辿りついた白雲台からの眺め、黒い雲に覆われる直前だった。

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近代化の夢の跡。むかし観た映画、『猿の惑星』が実は地球だったていう
シーンを象徴する自由の女神像を思い出した。

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2016年9月26日 (月)

佐渡エトセトラ

036                         妙宣寺五重塔
                      

佐渡は神社仏閣が多い。そしてその佇まいは静かだ。

今では希少価値の茅葺屋根の建物が残っている。
歴史的建造物にもかかわらず、拝観料は取らない。
いい意味で観光地化されていないのだ。

一人で宿泊していた真野は古代では中心地だった場所。
真野御陵は順徳天皇の火葬塚だが、霊気漂う場所で早々に退散した。

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     国分寺                妙宣寺庫裡

     038039
              大膳神社能舞台

来年は大膳神社の薪能を鑑賞したなあ。

歴史伝説館に併設されている人間国宝の佐々木象堂記念館(蠟型鋳金)が
小規模だが伝統工芸を大胆にデフォルメしてモダンでよかった。

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切符売り場の建物の屋根に「瑞鳥」が飾られている。
オリジナルは皇居新宮殿の棟飾りとして制作されたそうだ。

平日のせいか、観光スポットはどこも空いていた。

佐渡といえば金山、ときが一般的に有名のようだが、掘り尽くした金山を見てもねえ。
あまり興味がわかない。坑道の閉塞感も苦手。

絶滅危惧種のときもとても見に行く気持ちなれない。
人が勝手に絶滅に追い込んでおいて、それをまた見世物にするなんて、
ときにとってはすごい迷惑。ストレスで絶滅したくなるって。

ああ、どこまでも天邪鬼な私。相方のMさんには受けてたけど。

ペンションで借りた軽自動車で大佐渡スカイラインを走った時はヒヤヒヤしたけど、
運転が上手なMさんのお蔭で無事白雲台に到着。

ここからの展望が素晴らしかった。
写真がないのが残念。

                   Dsc_0401  大立堅坑

金山に繋がっている道路を下ると度肝を抜かれた立坑に遭遇。
日本初の洋式立坑で、深さが352メートルもあり、運搬に使われていたそうだ。
国重要文化財。

観光スポットといえば、宿根木の街並みはよかった。
千石船の集積地として繁栄した集落は密集していて、迷路のようだった。

                Dsc_0395

小木の民族博物館には実物大の千石船白山丸が展示されていて、中に入って
見学できる。
木造船で日本海の荒海を渡ったとは、たいしたもんです。

小木港でMさんとしばし、たらい舟を見物。団体客を相手に500円の料金で
乗れるのだ。佐渡の衣装を着た女性達が舟を漕いでいる。
港の中をぐるぐるっと回って、7、8分ぐらいどんぶらこ。
なんか、子どもだましみたいだわと、はすに構えていた私達。

Dsc_0376
ところが宿根木の港に行くと、またもや、たらい舟(漁具の半切り)だあ。

人がいない。オジサンたち二人、日向でのんびりしている。
直感的にここで、乗りたくなった。
動物的、本能に近いんだなあ。この感覚。

           Dsc_0392_2Dsc_0389

なんせ、この海の色、岩礁が点在するこの景色に、好奇心全開。
多少の冒険ができないと面白くないから、沖の方まで行けるのかを確かめてから
乗った。

たらい舟、本物です。小木の港は木製じゃなかった。
舟を漕いでいる船頭さんの手作り。
本職はたらい職人なんだそうです。


ここは、800円だったけど、もう大サービスで私の要望を全部かなえてくれた。
海の底のサザエを初めて見た。カモフラージュで岩の色と判別しにくいのだが、
私が次々と見つけるので、密漁に向いていると褒められた。

さよりの群れにも出逢った。最後にたらい舟の漕ぎ方も体験した。
力はまったくいらない。波にまかせて、腰を使って櫓を動かすだけ。

初めてにしては、上手に漕げたのでご機嫌。
もう、童心に帰った気分。日焼けも気にせず楽しんだ。

たらい舟に乗るなら、絶対宿根木のここ!
 船頭さんたちものすごく、親切で人柄がよかった。
ここで知り合った観光ガイドの富士子さんや船頭さんたちと話が盛り上がり、
次回はみんなで飲もうという話になって名刺をもらった。

私には社交辞令は通用しない。自分が言えないので真に受けてしまうのだ。
だから一応、抜かりなく本気度を確認しましたよ。

富士子さんに紹介してもらった小木のまつはまという居酒屋に行った。

印象に残ったのはいごねり。いご草という海藻を寒天のように煮て固めたもの。
きしめん状でねぎが薬味だった。お醤油をかけていただく。

寒天系は体が欲するので、浄化作用になる感じ。お刺身の盛り合わせにはささざえも。
かなり量があった。地元の人達で繁盛しているようだった。

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宿根木で三泊したのはキャンセル待ちで泊まれることになった花の木

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人気の宿だけのことはあった。部屋から見える水田風景、古民家の落ち着き。
食事も美味しかった。温泉はないが近くの温泉おぎの湯に入れる。

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二晩とも蟹が出た。蟹の旬は真冬のはずだが、美味しかった。
蟹は食べるのが面倒なので、敬遠気味なのだが、
蟹に向き合っている間は、沈黙モード。

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まる一匹、
佐渡の蟹を思う存分堪能した。

佐渡のお米の美味しさにも感動。
特に水のきれいな水田で特別に栽培しているお米だと
女主人に説明された。

空気のよい所での食事はなぜか、進む。

宿泊中、すぐ隣にある幸せ地蔵にお参りしながら、散歩した。

             005

008 竹林を抜けていく。

011_2 岩屋山石窟。ここは縄文土器が出土した遺跡だが、
洞窟の壁面には磨崖仏や石仏が安置されていた。異様な霊気を感じて、長くは
いられなかった。

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遠景に見えるのが花の木の私達が泊まった部屋。

Dsc_0412

小木港で思わず笑ってしまった交通安全標識。

佐渡の最終日、小木港から高速カーフェリーで直江津に向かった。
無事にレンタカーも返却し、福井に向かうMさんと小淵沢の友人別荘に向かう
私は、上越妙高駅で別れた。

初めての佐渡、思い出に残るいい旅だった。

同伴してくれたMさんにも感謝!

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2016年9月22日 (木)

佐渡でのハプニング

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佐渡というと流人の島という先入観で荒れたうら寂しい島なのかなと想像していた。
ところが違っていた。

都の政争に巻き込まれ、流されてきた貴人の筆頭は順徳天皇だが、都の流人から
文化は伝わる。
だから、どこか雅やかな気がした。

それに黄金の国ジパングと世界に羨望された金山がある島だもの。ピークには
5万人以上の人達が島に住んでいたこともある。

北前船の寄港地でもあったわけだから、それなりの豊かな島だったのだ。
佐渡箪笥をどこかで見たことがあるが、手の込んだ細工が素晴らしかった。

真ん中の国中平野は一面の穀倉地帯で、青々とした田園風景が広がる。
大佐渡の海岸風景をドライブすれば、黒瓦に木造の下見板の建物の集落が目につく。

癒される景色に、胸郭が広がった。

夏と冬ではずいぶん景色も違うらしい。
冬でも雪は海流のせいでそれほど積もらないそうだが風が強く、海が荒れるそうだ。
観光客が一番多く訪れるのは夏。

島に滞在中、レンタカー付きのペンションに泊まって、よく運転した。
旅の目的はたいてい大きく一つだけ決めておいて、あとは気分とサイコロで決める
のがスイカ流。

どんなハプニングが起きるのかも旅の楽しみだ。

6泊の内、後半の3日間は、旅で知り合った佐世保の友人Mさんと一緒だ。
九州旅行でお世話になったが、今回も佐渡に行くと話したら、軽いノリで同伴したい
と言ってくれた。

たった、2回しか会っていないのに、こんなに気が合うとはね。
彼女の九州弁、大好きだ。
一生の間にこんな旅友達が持てるなんて、ラッキーなことです。

一人でも色々な所を周った。観光ガイドだったMさんに張り合うわけじゃないけれど、
彼女が来た時には多少のお薦め箇所を見つけておきたかった。

途中、デジカメのSDカードがメモリ不足で写真が撮れなくなった。
買おうと思ったら、佐渡で一番にぎやかな佐和田のメイン通りが渋滞中。
それを避けていたら両津港まで出てしまった。

第一のハプニング。

観光案内所まで行って売っている所を尋ねたら、地元のけんこう社という
写真屋さんを紹介された。わざわざ電話でSDカードがあるかまで確認してくれた。
親切な対応にホントに感謝。

この写真屋さんも親切だった。私のデジカメはかなり古いタイプのものなので、
使えるかどうか確かめてくれた。

パソコンで写真が簡単に作れる時代に営業として成り立つのが不思議だったので、
聞いてみた。すると、家族のお祝い事やイベントに写真を撮る人が多いそうだ。
プロだから、きれいに修正して美しく仕上げるとの説明に私の葬儀用の写真
を撮っておくのもいいかもとその気になってしまった。
でも、よく考えると看取る人はおそらくいない。葬儀などしないで直葬で火葬場に
運んでもらうつもりだったのを思い出した。

その場の雰囲気で、すぐにその気になってしまう。お調子乗りなんだよなあ。

年齢には見えない80歳を過ぎた母上と娘さんとのお喋りに花が咲いてしまった。、
地元の美味しい店や温泉を教えてもらい、どこも当たりだった。

宿根木 やました(カフェ) むかし納屋として使われていた古民家カフェ。
こわもての店主に迎えられ、ちょっとびびったが話してみるとおもしろい人だった。
人を外見で判断してはいけない例のような方だった。

放浪詩人の泉椿魚という方の書があちこちに飾ってあった。
店を始める経緯に関わるキーパーソンだった話を色々と伺い、興味深かった。

大きなたらいがテーブルに使われていた。いかにも佐渡らしい。

しまふうみ (ベーカリーカフェ)ここは、佐渡では有名。
定休日で行かれなかったのは残念。

味彩 地元の人気店のよう。ランチタイムでひっきりなしにお客が来る。
私はコーヒーと柿のカプレーゼという前菜もどきメニューでランチ。

キッチンミツコ 民家をレストランにしている。

013ランチにボリュームのあるビーフシチューと
手作りのパンを完食。

ここでも、最近建てたという隣接のコンパクトな木造の
自宅を見せてもらい、ここでもお喋り。


木造の家ってなんて居心地がいいのだろう。
東京から移住してきたミツコさんの暮らしぶりがちょっと羨ましくなった。

温泉は一人でいる時に畑野温泉松泉閣新穂潟上温泉に入り、友人と同伴では
小木にあるおぎの湯赤泊、城が浜温泉に行った。

潟上温泉以外は温泉からの眺望がよかった。城が浜温泉は塩分を含んだ温泉。
どこも空いていてのんびりできた。

第二のハプニングは渋滞を避けるために向かった二ツ亀という場所。
ここが大佐渡の北端だったことは・・・。
まったく予備知識がなかったので、こんなに遠かったとは予想外。

狭い海岸道をひたすら運転した。
対向車が来たらどうしようと心配したが、遭わなかったことにほっとした。

景色がよいのでドライブは苦ではなかったが、日差しが強いのにはまいった。
腕の日焼けで温泉に入った時、ピリピリしたくらい。

二ツ亀のビューホテルのレストランで休憩して、
コーヒーとおけさ柿のシャーベットを注文した。
ここの柿のシャーベットが絶品だった。おけさ柿はしぶ柿だ。
渋を抜いた柿を凍らせただけだと思うが、シャーベットのシャリ感よりもとろっとした
柿の甘味が勝っていて、私好み。佐渡の味のトップに挙げたい。

それにしてもせっかく手に入れたSDカードで撮った写真をすべて、間違って削除して
しまったことが第三のハプニング。

思い出を記憶の中にしまっておいたら、たちまち忘却のかなたになりそう。

備忘録で書いてます。 -続く

            

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2016年9月10日 (土)

佐渡へ 薪能

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8月半ばから一週間佐渡へ行ってきた。目的は薪能。

ここ、2、3年よく能を観に行く。

合気道から日本の武道をきっかけに、日本的な身体技法に係る伝統芸能に目が
向くようになった。

特に能は、抑制された動きの中で、観る側の想像力が搔き立てられ、幽玄な世界に
誘われる。あの世とこの世は、見えない世界と見える世界で繋がっている。

絶対的な宗教に身をゆだねることはできなくても、草木自然に霊魂が宿ると考える
アミニズムには親和性がある。基層において繋がっているから、
違和感なく、能に魅せられていく。笛の音はあの世への扉、鼓の音は魂の響き。

Photo薪能は初めてで、ちょうど行く前に瀬戸内寂聴の
『秘花』を読んだ。
佐渡に流される世阿弥の回想から始まる物語。

室町幕府の権力者将軍義満に寵愛され、絶頂期を味わいながらも、配流の憂き目に遭う。

世阿弥の始めた「夢幻能」はあの世とこの世に橋をかけ、死者の霊が自分の悲しみを訴える。

その演目の一つが「鵺(ぬえ)」だ。

作家は世阿弥の屈辱と絶望から生まれた作品と直感したと
書いていた。
それで、この演目が佐渡で演じられると知り、見に行きたくなった。

舞台は、j承久の乱で流された順徳天皇の第二皇女を祀った二宮(にくう)神社

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            036038

火入れ式 午後6時半

仕舞    蝉丸  熊坂  清経

 能     鵺

仕舞の蝉丸と熊坂は若い女性達が演じ、清経は熟年女性が演じた。

            042046

能の演者は前シテ(主人公)と後シテ二人で演じられた。
東京の国立能楽堂で観るプロの能楽師たちの洗練さはなくても、茅葺屋根の能舞台
での上演は場の力といえるような地霊が漂い、芸能の原点に出逢ったような気がして感動した。

それにしても若い女性達の仕舞は、かっこよかった。

能の世界も圧倒的に男性社会。女性の能楽師も増えて欲しいなあ。

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帰る時に夜空を見上げると、きれいな満月に近いお月様が輝いていた。

昼間訪ねた世阿弥に因む腰掛石や墓石はなにやら、作り物めいていたが、
能舞台の存在感は、佐渡の風景にすんなりと融けこんでいた。 ー続く

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2016年7月 7日 (木)

福島へ 土湯温泉地熱発電見学

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地熱発電ツアーには翌朝の10時半に観光案内所前に集まりました。
申込み時からやりとりをして下さった浅野さんとアシスタント役の女性スタッフが
案内役でした。

メールや電話でのやりとりの段階で、福島に来てくれることは大歓迎という気持ちが
伝わりました。
土湯温泉までの道のりも公共機関を使うより、レンタカーの方が時間のロスが少なく
ドライブしながらを素晴らしい景色を楽しんで欲しいと言われ、お勧め通りにして、
正解でした。

10分ほどのオリエンテーションの後に地熱発電の場所に車で向かいました。

温泉街から二キロ荒川上流に施設はありますが、通常は入れません。
鉄の門扉を開けて、入場です。

2時間近く、自然豊かな川のせせらぎに沿って、見るだけじゃなく、触れて
感じる体験学習ができます。

 

023_2
ユーモアを交えた浅野さんの説明が面白く、会津弁での説明に引き込まれて
しまいました。

3.11の東北大震災後、土湯温泉は大打撃を受けました。
22軒あった旅館が16軒にまで減り、その後も長期休業や廃業に追い込まれました。
目につく廃業した旅館の建物は痛ましい限りでした。

地域の高齢化も進み、高齢化率46%。この危機的状況の起死回生策が再生
可能エネルギーを核とする温泉観光地づくりです。

その経緯についてはこの記事から、ご覧になれます。

         028030_2

もうもうと、地熱が噴出しています。地熱を利用して、とうもろこしを蒸します。
温泉成分に硫黄が強いのでラップをかけます。そのままだと胃腸の弱い人は下痢を
するとか。

036 バイナリー発電のバイナリーは二つのという意味。

水より沸点の低い36℃のノルマンベンタン(揮発性が高く、引火しやすい触媒)を
温泉蒸気で加熱、気化させ、その蒸気でタービンを回して発電。発電した後の
ノルマンベンタンを湧水を使って冷却することによって、再度液体に戻るという
サイクルが繰り返されるということが特徴です。

電気と温泉が利用できるのですから一石二鳥。
湧水として使われているのは頂上ちかくの黒沢で地形上の環境にも恵まれています。

この設備、イスラエル製。国内のメーカーは大型過ぎて、この渓谷の道
には収まらなかったそうです。イスラエルという国は、こんなものまで作っているん
ですね。

理科系に弱いので、この程度の説明しかできません。

039 130度前後の温泉の蒸気に湧水を加えて、適温まで冷却した温泉水を地元の老人ホームや介護施設に供給しています。
ちょうど、来た介護施設のトラック。

042 温室で育てられているミラクルフルーツの木。
まだ、実験段階。酸っぱい味を甘味に変えてしまう作用があります。
食べたのは赤い実。レモンの尖った酸味が消えて、甘味が増しました。

043 『淡水魚と海水魚の両方の魚が住める魔法の水』
としてうなぎとフグの実験養殖施設。未来の食糧危機に備えるために、か!?

見学ツアーのために足浴までできる露天温泉があり、そこで温泉たまごと
とうもろこし、ミラクルフルーツの試食をして終わりました。

追い詰められた状態で誕生した地域の復興策。秘湯に行くと、よく地熱発電の
問題点の書物が目につき、反対運動が起きていることは知っていました。
土湯温泉は小規模なので、環境への影響は少ないことがメリット。

だが、人間のためのエネルギー供給はどんな形でも大規模になれば環境に
負荷をかけるのだと思う。

地域の中で地産地消を目指すエネルギー供給がもっと、広がればいいなあ。

ダイエットを考えてる人は足踏みしながら電気を作ることができるとか、ベランダで
太陽光発電とか、知恵を絞って、便利さに乗っかった身体の退化現象を止めること
はできないか・・・と夢想してしまう。
防災対策にも役立つのではと思うのだが、私の妄想かな。

東鴉川の小水力発電所は去年の3月に発電を開始しました。エネルギーの
地産地消を目指して頑張っている土湯温泉の試みに地域の底力を感じて
感動でした。

福島駅に向かう途中で立ち寄ったくだもの畑の社長さんの話も面白かった。

047店内では果物やら漬物、温泉卵、店内で売られている品物が次からつぎへと飲み物付でサーブされます。試食というより、ご馳走になっている感じだから、から手で帰るお客さんはいないでしょう。

私だって、さくらんぼ一箱買いましたもの。

店内には椅子とテーブルが用意されていて、知らなければカフェかなと思ってしまう。
元銀行員だったという社長さんは、どんどん食べてってというノリで
店内を明るく飛び回っています。

隣接しているジェラードショップは土日には行列ができるほどだという。
若いスタッフも元気に働いてるから、地元の雇用に貢献しているようです。

まあ、やり手なんでしょう。でも嫌味なところがまったくない。
震災時の家庭騒動や福島の果物を売りに全国を回ったそうだ。
その時の体験から「日本も捨てたもんじゃない」と思ったとのこと。
大勢の人が助けてくれたとの話を聞いて、私も嬉しくなりました。

友人から「在来線での緑一色の景色、大内宿へのウオーク、湯野上温泉にしきやの
佇まい、会津若松の漆工芸と街並み、乗り心地のよいプリウスのレンタル、さくらんぼ
のただ食い」に私が手配してくれたお蔭で充実した旅になったとお礼を言われたので
慣れない幹事もどきも無事終わり、帰途に着いたのでした。

福島を訪ねて元気をもらっているのは私の方でしたね。

福島の原発事故だって、まだ収束もしていないのにに風化してきています。
福島を訪ねることによって、そこで生きる人たちに出会うことは、貴重な体験になる
と実感。また、折を見て足を運びましょう。







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2016年7月 2日 (土)

福島 会津若松から土湯温泉

009

翌日、会津若松でレンタカーを借りました。

久しぶりの運転でちょっと、ドキドキ。
「アクセルとブレーキはどっちだったけ」なんて言う私に周りの方がもっと、
ハラハラしていたようだけど・・・・・・。

レンタカーはプリウス。
人気の車だとは知りませんでした。易がよかったからチョイスしただけなんですけど、
運転はしやすかった。

最新式の車は、ボタンを押すだけでエンジンがかかる。
最近の車の進化には驚かされます。キーでロックもかけられるし、トンネルに入ると
自動でライトまで点く。ナビをセットすれば道案内もしてくれるのだから。

便利とはいえ、それを使いこなすのに時間がかかるのだ。沖縄では出発するまで
1時間もかかったっけ。

今回はもう一人運転できるHさんが同伴してくれているので心強かった。
最初、ちょっと戸惑ったけど、出発するのに30分はかからなかった?と思う。

ペーパードライバーになりたくないからねえ。
なにしろ、免許取るのに大枚かけたんだから。

まだまだ、運転は大丈夫だと自信がつきました。

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