雑感

2009年9月29日 (火)

ほめる

東京に帰る時、名古屋駅の新幹線ホーム待合室で微笑ましい光景に
遭遇した。

隣の席に座っている親子が気になった。
盛装している人たちが目に付いたので、結婚式の帰りだったのかもしれない。

ドレッシーな服装の母親の膝の上に座っている男の子(年齢はよくわからないのだが、
5歳以下だと思う)が歌をうたいながらのやりとりが耳に入り、視線がつい、
隣に行ってしまう。

母親は、男の子の声が騒がしくないかと周囲を気にしている様子が垣間見える
せいか、声の大きさは気にならない。

あまりにも、軽やかで楽しそうなのだもの。

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2009年8月28日 (金)

裁判官の国民審査

30日は衆議院選挙。

国会議員の陰に隠れてあまり、最高裁の国民審査については話題に上っていない
みたい。

時の首相の名前は思い浮かんでも、最高裁の判事については恥ずかしながら
一人も名前が言えない。

ちょっと調べてみようと思っていた所、今朝、いやな思いをした。

いつもどおり、5時半に起きてボロ自転車に乗って合気道の稽古に行く途中、
4人で歩いているお巡りさんに行き合った。
めずらしい。こんなに朝早く、4人連れなんてと思いきや、後ろから自転車が
近づいてきて、「止まりなさい」と声をかけられた。

4人の中の一人だったのかは分からないが、自転車で追いかけてきたのだから
無線で知らせたのかもしれない。

若い人だった。言葉は丁寧だけれど、「自転車の鍵が壊れてますね。何で壊れて
いるの。こういうのに、お巡りさんはすぐ目がいくんだよね」と疑いモードの物言い。

なんだー、これは。鍵が壊れた自転車に乗っちゃいけない法律でもあるわけーと、
思わず、「こんなの、びっくりー。初めてだわ。いったい何なんですか?」と
言い返してしまった。

「この自転車ちょっと調べるから悪いけど、待ってください」と無線で自転車の
登録番号を問い合わせ始めた。

いつのまにかお巡りさんはもう一人増えている。

いったい本当にナンなんだー。これは!

無線で該当なしとの応答が聞こえたから、もしかしたら何か事件があったの
かもしれない。それにしても、犯人に疑われたってことー?

朝早く、バンダナかぶった50過ぎのおばさんが胴衣の入った大きなリュックを
背中に、猛スピードで自転車をこいでいる姿が犯罪者に見えたってことに
ショック!

該当なしでも、まだ離してくれない。
「鍵をしっかりかけて、盗まれないようにしてください」
と説教モード。
「誰も、こんなボロ自転車盗みませんよ、盗まれてもいいようにボロに乗っている
んだから」と反撃モードになる。

こういうときに平常心を養う稽古の成果が試されるっていうもの。

でも、もう、このしつこさに耐えられないと思ったが、
穏やかに「私は合気道の稽古6時までに行きたいんです。毎朝この道を通って
いるけれど、こんなこと初めてです」とだけ、ようやく言い返した。

「○○の登録だね、○○から来たの。名前は?」と聞かれ、知らない人には
名前を教えたくないとCAPで子どもたちに伝えてるメッセージを思い浮かべて
しまった。

早く稽古に行きたいから、言っちゃたけど、
「ご協力ありがとうございました」だって。ムカツクー。

これで、もっと反抗的な態度を取っていたら、いったいどうなっていたのだろう?

交番か警察署にでも連れていかれるのだろうか?

犯罪に巻き込まれるなんて無縁なことだと思っていたけれど、
心の中では男をたぶらかす詐欺師になってみたいと妄想したことはあるけど、
実行したことはないしなあ。

なんで警察官の前では悪い事していなくても悪い事しているような気持ちにさせら
れるわけ?

確かに、車が通っていなければ信号無視で渡るしなあ。
急な坂道スピード出して走るの好きだし・・・・。
考えてみれば、簡単に軽犯罪者にはなれそうだ。

嫌疑をかけられて逮捕されて否認したまま、黙秘なんかしてしまうと留置場に長く
拘留されてしまう代用監獄の問題を聞いたことがある。
冤罪の温床になっているともいう。

こんな問題を存続したまま裁判員制度を推し進めるなんてやっぱり、ヘン。

今朝のことで司法のあり方がちょっと身近に思えた。

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2009年8月26日 (水)

織物完成 エトセトラ

最終日にできあがったオリジナルマフラーです。 

仕上げに房の始末をして、一度洗い、脱水し、アイロンをかけて、
陰干ししました。

             

                        Dscn0431_2

世界にひとつしかないマフラーだと思うとイトオシイ気持ちになるものです。
草木染めの色調は暖かくて、やさしい。

八ヶ岳のイメージを形にするのは難しかったけれど、ちょっと大変な思いを
しながら無心になって織る作業は、瞑想をしている時に近い感じ。

自我を消して、草木の精霊を糸に織り込んでいくようなイメージです。                 

                              Dscn0429

将来には、こういうタペストリーを作りたいと高望みしています。

午前中に終って一息、散歩する時間が取れてうれしい!

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2009年8月17日 (月)

ゴーヤに蝉

お盆で合気道もお休み。
毎朝たっぷり汗をかいて発散していたせいか、休みになって調子が狂ってしまい、
読書と昼寝でグダグダと過ごしてしまった。

ふと見ると蝉がゴーヤに止まっている。Dscn04000001

何をトチ狂ったのかこんな所でランデブーを
試みていたのか?謎。

もう、死んでいるみたいだけれど、触れない。
2本だけ実がなっただけで実がつく気配がないので、
これで終わりかとあきらめていた。

ゴーヤに花が咲き始めた。
師匠にもらった、液肥の玄米酵素が効いたみたいだ。
ホントにすごい威力。

でも蝉が花粉を運んだのだろうか?
それとも死に場所をゴーヤに決めたのかな?

よく分からないがその後、4本も実がついたので、うれしい。

                   Dscn04010001

都会暮らしをしていながら、こんな風に自然の命の営みに触れるとは!

室内に観葉植物を置いているせいか、小さな虫がよく畳を這いずり回っている。
たまに姿を現すゴキブリは遠慮なく、非情にたたき殺せるのに、
小さな蜘蛛やこういった虫たちは殺せない。

蜘蛛は益虫ですからね。畑をやっているときに親愛感を持つようになった。
なんか、虫愛づる姫君ならぬ、山姥のような心境になってきましたねえ。

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2009年7月15日 (水)

久しぶりの墓参り

お盆で久しぶりに墓参りへ行って来ました。

東京に住む前までは歩いて5分の所にお寺があるのでよく行ってましたが、
電車に乗って1時間半の距離になると、なかなか行けないものです。

特に、この日は暑かったので、お寺に着く頃は汗だくだく。
掃除をして花と線香を手向ける頃はサウナに入っているような気分になりました。

                 Dscn03420001_4

両親の墓ですが、「なかなか来れなくて、ごめんねー」と手を合わせるだけ。
般若心経ぐらい覚えて唱えるといいかもと思いながら、
最初の出だしと最後ぐらいで省略。

蜘蛛の巣まで張って、寂しげに見えたお墓も、手を入れると清々しい
感じになるのは不思議。

お墓からは、市街や丹沢の山並みが見えます。         

            Dscn0343_3

生前、私の父は50歳を過ぎたら、後の人生はおつりだとよく言っていました。
自分の父親(私にとっては祖父)が49歳で亡くなっているので、きっと父親の
人生に重ねて自分を見てしまうのでしょう。

定年後に早々に自分の墓をここに決め、購入しました。
でも、私が死んだら、両親が眠っているここの墓には入りたくないなと
思っています。

あまりに両親に対する絆が強すぎるので、死んだらどこにも属さない個人でいたい
という思いがあります。

久しぶりの墓参りで、自分の死に対する準備を色々、思い描いてしまいました。

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2009年6月13日 (土)

維新のヒーロー

ここの所、歴史小説、剣豪小説にハマッています。

講座に行く途中、青山通りの古本屋で安岡章太郎の『流離譚』が200円で売っていて
びっくりしてしまった。上下巻でこの値段。小説が読まれなくなっているとはいえ、
この値段では、本が気の毒。

                                   Ryuritan_2

若いときに読めずにいたので、買ってしまいました。

作家の郷里である土佐の旧家の一族の歴史を探って、幕末の志士に辿り付く。
日本の近代化がどのような形で生身の人間の生き方として描かれているのか、
資料に基づいているので文語体も多く、読みにくいが夢中になってしまった。

歴史小説って私にとっては、究極のミステリーで想像力を刺激されます。

幕末というのは、大きな時代の変革期。
ドラマチックで興味をそそられてしまうのです。

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2009年6月 5日 (金)

ダンス☆ダイナマイト

以前鑑定でお世話になった友人の珈琲ふうの一人娘Sちゃんがなんと
名古屋のストリートダンスの大会で決勝進出のニュースを友人のブログ
から知った。

もう、びっくり!

高校生の時に夏の花火大会へ行くのにゆかたが着たいというので、
着付けをしてあげたことがある。

あのSちゃんがもう、24歳になるというのでまた、びっくり!
10年近く前のことが、ついこの間のことに思えてしまうのは何故?

こういうときに自分の年を思い知らされてしまいますね。

からだが種がはじけるようにこんなにリズミカルにしなやかに、動くのを見ている
だけで楽しくなってしまう。

若さをあまりウラヤマシイと思うことはないのだけれど、Sちゃんの動画
( オープンクラス95fizz-upをクリックしてください)を見て感激。
母親曰く、薬科大の修士課程で勉強に励みながら、どんなに大変でも
ダンスをやっていたからもったとのこと。

ダンスってきっとカラダけじゃなく魂をゆすぶることなんだよなと、画像を
見ながら思わずカラダを動かしてしまった。

私も絵になるカラダが欲しいところです。

7月12日の決勝で優勝して欲しいけれど、勝ち負けは別にして、今ここでしかない
時間を思いっきりダンスに夢中になって楽しんで踊っている姿を見せて欲しいなー。

応援しているからねー!

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2009年5月18日 (月)

ケチは美徳?

最近の陽気の不順さに、体調をくずしている人も多いのではないでしょうか。

今日は湿度も高く、梅雨時のようでした。
私は朝稽古に行ったので、さわやかです。

帰ってきてから、お風呂の残り湯で手洗い洗濯。
水仕事、好きです。

きっと水には浄化作用があるからでしょう。流れている水を見ていると飽きません。
これは6種体癖的反応のようです。

でも、水を流しっぱなしで使うのは、もったいないので、残り湯で我慢。

ついでに、物を捨てたいなあと思い、ここ、何年も着ていない洋服を処分と思ったが、
選べません。

部屋にいっぱい広げてみた中で、これは、絶対はかないから捨てようと思った
スカートを1枚だけ見つけました。(1枚とはトホホです)

古布を使ったパッチワークのスカート。

でも、しばらく眺めていて、やっぱりもったいないなと思ってしまう。
ウーン、どうしよう・・・。

パッと、ひらめきました。

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2009年5月16日 (土)

続- 認知症前ウツ?

身近にあった観葉植物が枯れて、私のこの荒廃した状態が、マイナスのエネルギー
になって響きあっているようだった。

このままの状態でいいわけがないと、体の内側から突き上げてくるものがある。

一人だけで生きているような気でいるけれど、色々なものが影響しあって生きて
いるんだなあと、あらためて感じた。

ひどい部屋の散らかりようも悪循環になって、空気を澱ませている。

まず、この散らかり状態を残したまま死ねないなよなあ。
業者でも頼んでイッキに処分するかと思ったら、「もったいない、自分でやろう」
と思い始めた。この時点で「なんだ、やっぱり生きたいんじゃん」と
まったく、ゲンキンなものだ。

死にたい気分と死ぬ事はまったく違うってことだ。

死にたい気分の根源には、いつも不安があるんだと分かっていながら、
不安を回避するための眠り病が、今回、回避策としてまったく 機能しなかった。

「石の上にも三年」との覚悟の上で始めた自分の仕事に対する先の見えない不安。

ここにきて、またもや忍耐力のない自分に直面する。
さて、どうする?

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2009年5月14日 (木)

認知症前ウツ?

今週になって、ようやく立ち直ってきました。

先月の初めは合気道再開などど、意気軒昂だったのが奈落の底に落ち込んだような
状態がしばらく続いていました。

それで、ブログも更新できませんでした。

なんと、稽古も休みがちに・・・。

何が、起きたのか?

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2009年4月 9日 (木)

続合気道再開

合気道の稽古を再開したのはよいのですが、もともと基礎体力がないので、
生活リズムが変ると途端に影響が出ます。

物忘れと勘違いもひどかった。朝早く起きるのはつらいですねー。

どうも、月初めは不調です。

以前はストレス解消目的で毎朝行っていたのですが、今はあまり無理をしないで、
死ぬまで元気に続けられるといいなと思っています。

テンションを上げる事をやると、後が続きません。
決まったスケジュールはなんとかこなしましたが、ここの所、布団の中に
引きこもり状態になってしまいました。

いつ浮上できることやら・・・?

でも、ブログを書く気になったのは浮上サインかもしれませんが。


実は、私、易占で株をやってみようと思っているところです。

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2009年4月 1日 (水)

合気道再開

3月からしばらく休んでいた合気道の稽古を再開しました。

以前は毎朝、5時半に起きて、自転車で15分ぐらいかかる道場へ朝稽古に通って
いたのですが、夜遅くの講座があったりで、朝早いのは、ちょっときつい。

それで、週4日通えればよいかなぐらいで行き始めたら、4日行けるときはまれで、
3日がせいぜいのところです。それでも、朝早起きになったせいか、夜遅くまでで起
きていられません。

朝稽古は呼吸法が中心で激しい動きはあまり、しないのですが、それでも道場
呼吸法は独特です。

先生とペアになり正座で向かい合います。先生の前に両手を出して円に
なるような状態で受けてもらい、ひたすら息を吐き続けていきます。

始めた時には30秒ぐらいしかできなかったのが、今では6、7分は続けられる
ようになりました。

最初は針の穴に糸を通すような意識で細い息で吐き出していくと、
瞑想状態になります。
そこから、下腹部(丹田を中心)が背中につくような意識でお腹をへこませ、
息を出していきます。
出し切ったところで、息を吸わずにためこみ、また吐き出していく。

これをやっていると指先から強く気が出てくるのがわかります。

導入の部分は座禅の呼吸法に近いものだと思いますが、お腹を引っ込めて
大きく息を吐き出していくのは、いつも自分の限界に挑戦しているようで、
修行という言葉がピッタリの状態になります。

この呼吸法の後、全身汗が噴出してくる場合もあります。

片山さんの気功はリラックス主体ですが、ここで学んでいるのは集中の気です。

いずれにしろ、終った後、すっきりするのですが、朝からテンションをおもいっきり、
あげてしまうと、後が続きません。

久しぶりの稽古で、筋骨たくましい男性相手に技稽古をすれば、無意識に余計な
力が入ってしまい、首、肩が筋肉痛になってしまうし、床がたたみでないので、
ふわっと軽く脱力して受身を取らないと傷だらけになります。

というわけで、両腕、両膝擦り傷、青タンだらけになりました。
それで、ブログの更新が遠のいてしまったわけなのですが・・・。

それだけではなく、まだ続きがあります。

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2009年3月24日 (火)

自尊感情が教育的課題になる!?

東京都教育委員会が小・中・高校生に自尊感情についてのアンケートを
行った結果、日本の子どもたちは外国に較べてかなり自己尊重度が低いという
結果が出たそうだ。

小学校1年生のときには、84%もの子どもたちが持っている自己肯定感が
成長するにつれ、損なわれていくという実態。中高生になると半数が自分のことを
好きでないという。

これでは、学習意欲もわかないから、教育的見地からいって好ましくないという
ことのようだ。

このニュースを見て、感じる違和感。

確かに、自分を好きになれない、肯定できないということは問題だけれど、
他人と比較して少しでも競争に打ち勝つ人材作りをしてきていながら、何を今さら
と不審のシグナルが点滅し始める。

偏差値や親の収入の格差で子どもの進路が決められている社会でどうやって、
自尊感情をあげるっていうの?

自分を肯定できるその先に国家に従順な人材育成なんていうのがなければ
よいけれど、私の考えすぎでしょうか?

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2009年3月 7日 (土)

マイ・バースディ

ブログを書くのが久しぶりになってしまいました。

ずっと体調不良です。真冬に戻ったような寒さで小指はうずき、歯茎が腫れ、
床の中でうなっていました。

木曜日に歯医者に行きレーザー治療をしてもらったのですが、目を使うと途端に
痛くなります。こういうところに普段感じない年齢を思い知らされます。

今日は私の誕生日、よくぞ生きてきました。
誕生日というと、こういう目に遭うことがとかく多いのです。

無意識に生まれいずる苦しみを再現しているのでしょうかねえ。

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2009年2月21日 (土)

卵と壁

小説家、村上春樹がイスラエルで権威のある文学賞、エルサレム賞を授与された。

イスラエルのガザ地区への攻撃の中で、NGO団体などから、受賞辞退や受賞式
には出席しないようになど多くの反対があったようだ。

政治的な意味で、反戦運動の団体が受賞辞退を求めるのも分かる。
イスラエルの攻撃はどうみてもジェノサイド(大量虐殺)としか思えないもの。

そんな多くの反対の中で彼は、授賞式に出席した。
そのスピーチの内容を知って感動した。

さすが、世界に通用する作家ならではの見事なスピーチです。

ぜひ、関心のある方はんど-隊ブログさんのブログから動画と読みやすい
スピーチの和訳がご覧になれます。

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2009年2月13日 (金)

自殺者が3万人を越える社会

日本では、毎年3万人を越える自殺者がいる。深刻な経済不況での中で、
今年はもっと増えるかもしれないとのニュースをラジオで聴いた。

1998年から自殺者は急増した。山一證券が倒産した年といえば、
イメージしやすいかもしれない。経済的な不況を契機にこの年から自殺者は3万人
を越えることになった。

交通事故の死亡者の5倍、自殺未遂はその10倍、家族や周囲への影響200万人。

まったく、驚くべき数字だ。日本はどうなってしまったのだろう。

自殺防止の活動をしているNPO法人ライフリンクの代表のインタビュウーによると、
さらに驚いたのは自殺者の72%が死ぬ前に専門の相談機関に相談をしている。
その内、自殺一ヶ月前に相談した人は60%を越えるとのことだった。

自殺するというのは、選択肢がもう死ぬことしかないと思ってしまう状態に追い詰め
られ、支援を求めない孤立した人というイメージが私の中にあった。

現実には相談できずに思いつめて、人知れず自死を選ぶのではなく、何とか生きたい
と思いながら相談しても、それが助けにならずに亡くなっているということだ。

こういう現実を前にして自殺は、個人的な問題と言えるだろうか?

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2009年2月 1日 (日)

続-子ども時代への郷愁

友人は体癖でいうと2種7種10種です。7種系が強いので、けっこう言葉が
オーバーです。それに几帳面です。むかし一緒に仕事をしていた時に切手の
貼り方まで文句を言われたことがあります。

私は細かいことにこだわれない性質なので、自慢できるほどいい加減なのは確か。
きっちり物事をしないと気がすまない人は、私のいい加減さは許せないのかもしれ
ないとは、推測できます。

お互いに悪意はないので、言いたいことを言い合えば後は忘れてしまうのですが、
食事を前にしてこの緊張感は私にとっては、耐えられません。勘弁です。

彼女のお客さんは私の人間関係とは違って、やはり気を使う人たちなのでしょう。
というより、私が社会性がなくて、あまりにマイペース過ぎるのかもしれませんが。

彼女が納得するような野菜の切り方を聞いた上で、再度トライです。

私としては、こんなに気を使って野菜を切ったことはありません。
野菜の姿と寸法を良く確かめながら切りました。終ったときには、やれやれです。

彼女がようやく買い物に出かけました。

もう、私は帰りたくなりました。
ちょっと、ここで食事をしていく気分にはなれません。
嫌な状態に自分を置かないのがモットーです。

買い物で出ている間に、お客さんが来るかもしれないとのことなので、
留守番です。

一人になって、気持ちを静めました。
お客さんが早く来たら、伝言をたのんで、友人が戻るのを待つ前に帰ろうかなと
思ったのですが、やはり、直接伝えた方がよいなと思い直しました。

買い物から戻ってきた友人に、「役に立てなくてごめんね。気分悪くするだろうけれど、
私は帰る。子どもの時に住んでいた所が近くだから、散歩して帰るわ」と伝え、
さっと、玄関に向かいました。ここは言行一致です。

「なんなのよー!気分悪くするわよ。当たり前じゃない。食事してってよ!」
と彼女の声。

私は、また「悪いけど帰る。帰りたいの!」と彼女の目を見て、言いました。
彼女も「わかった」と言ってくれました。

外は良いお天気でした。さて、何十年ぶりでしょう。

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2009年1月31日 (土)

子ども時代への郷愁

庭木のある家。biriさんのコメントから子ども時代を思い出しました。

最近読んだカズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』の影響もある
かもしれません。
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ミステリー仕立てのおもしろさも加わって
夢中になってしまいました。

両親の謎を探求する物語でもあるのですが、
子ども時代の意識がそのまま物語になっています。

事実なのか虚構なのか判然としない語りと意識
の飛躍が私自身の子ども時代の記憶と重なって
共鳴してしまい、よけい郷愁を感じたのでしょう。

カズオ・イシグロは村上春樹と同様に体癖6種
ような気がします。


子どもの頃に住んでいた鎌倉の家は小さな家でしたが、
庭には天津(てんしん)桃、柿の木、いちじくが植えてありました。
グミの木は隣家だったか、自宅にあったのか
記憶が曖昧です。グミの実もよく口の中に入れていたなあ。

天津桃なんて知っている人、あまりいないと思います。小さくて固い桃です。
母が新聞紙で袋を作って、桃に虫がつかないようにかぶせていたのを覚えて
います。

柿は大きな実をつけるのですがとんでもない渋柿。手入れがよくないせいか、
あまり実をつけることはなく、干し柿にでもして食べたのか、あまり記憶がありません。

いちじくは、もいだ後の白い汁にかぶれて、かゆい思いをしましたが、
懲りずによく食べていました。

桃は果物の中で一番好きですが、どんなに高級な白桃を食べても、
幼い頃に食べた天津桃のおいしさにはかなわないなと思っています。

これは、いちご、トマト、きゅうり、鶏肉についても言えます。
ひとことで言うと野趣があるのです。

口当たりのよいように改良されていないせいか、人に媚びない味。

いちごは小粒で酸味があり、きゅうりはへたを切ると白い汁が出て苦味があり、
トマトは日向くさい。

鶏肉は近くの鶏屋さんに絞めてもらった鶏を買いに行ってました。
新鮮な鶏のレバーの中にまぎれている黄色い卵が大好きでしたっけ。

こども時代の原風景というのは、その場所を離れたときに焼きつくもののようです。
味覚も子ども時代に作られるのでしょう。

ひょんなことから、15歳まで住んでいた場所へ行って見ることになりました。

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