雑感

2017年5月29日 (月)

ガーデニングもどき

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移転したのをきっかけに断舎利だあ、と思ったのは束の間。
ベランダで何か育てたくなった。

ハーブだったら、手間もかからず料理にも使えるからと思って、
ホームセンターで苗を買い込んでしまった。

しそ、パセリ、ローズマリーにゴーヤ。

ゴーヤは初めて。ローズマリーは今まで何度も枯らして失敗している。

もう、これで人生最後のチャレンジだなんて自分に言い訳しながら、
ローズマリーの香りに惹かれて買ってしまった。

ついでに生活クラブで土壌改良剤のアスカマンを買って生ごみ堆肥作りも再開。
ゴミ削減の一石二鳥を期待しているんだけど・・・

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ゴーヤは摘心をしてネットも張って、いつでもつるが巻きつけるように準備。
一週間前に花が咲いて、喜んでいたら、今の時期に花を咲かせると苗を
傷めるとお弟子さんに言われ、摘んだ。

元気がないのがパセリ。
パセリは移植を嫌うから、苗の土を崩さないように鉢植えしたつもりが、
青虫にかじられたりして葉が黄ばんできた。

毎朝、おまじないのように声をかけているのだけれど、黄ばんだ葉を取っているうちに
なんか、スリムになっちゃって・・・・夏が越せるか心配。

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元気なのはポトスとオリズルラン。オリズルランは前に住んでいた所の建物の隅に
ランナーが出ていたので、それを植えて育ったもの。

引っ越した時には、ぐたっとしてたのに鉢の植え替えをしたら嘘のように蘇った。
あんまり手をかけすぎない方がいいのかも。
植物の持っている力で環境に適応して育っていくだけで、余計なお世話をすると
しぼむ。

人間と同じだあ。

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ぼうぼうのユッカ。10年以上一緒かも。もしかしたらそれ以上。
切り戻さないといけない。梅雨時に挿し木にしてみようかと思っている。

そうするとまた、増えるよなあ。買った時にはシャキッとしてたのに、青年の木も
老化して私と同じだから、妙に気持ちが移って処分できなかった。

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議員をやっている友人が行政視察で福島に行って、紹介していたいわき市の
地域活性化プロジェクトのオリーブプロジェクトの苗木。

オリーブは放射能の影響が少ないのだとか。
オリーブの木を植える土地を購入するために基金を立ち上げた。

ささやかな復興支援の一助にと一口3000円で苗を購入。
思ったより大きくて、ベランダで育てるより剪定して室内で育てるか思案中。
挿し木にするのもいいかもしれないなどと、面倒くさがりの私がけっこう、
ハマってます。

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2017年4月27日 (木)

東久留米市に転居

001_2                 近くの公園のお気に入りのケヤキの木

だいぶご無沙汰してしまいました。
移転先を見つけるにのてんやわんやでした。

目をつけていた団地の1階の高齢者向け物件に空きが出て、運よく入居が叶い、
ホッとしました。

桜の満開宣言が出た時に引っ越しをして、ようやく落ち着きました。
引越しの前後2週間余り、布団を敷くスペースがなくなり寝袋生活。
段ボールを片付け、打ち直したふかふかの布団に寝られと時の心地よさといったら、
言葉がないくらい。

15年の間に溜まったモノを片付けるのにあれほどエネルギーがいるとは。
これに懲りて断舎利モードにシフトすればいいのだけれど・・・

引越しが終わって気が緩んだら、身体も緩んでしまい三日間、下痢が続きましたが、
その後、快調です。

武蔵野の面影を残した緑の多い場所。川が流れ、あちこちに湧水があり、
気に入っています。

今まで一日二食をやっと食べていたのに、こちらに来てから三食ガッツリ食べて
います。
お腹がすくという感じを久しぶりに取り戻したようで、ますます食い意地が張って
来ていますわ。
食べることは生きる喜びに繋がっているから、せいぜい食べられる内に食べとくこと
にします。

農家が多いので、無人で新鮮な野菜が安く手に入るし、パン屋さんも多い。
美味しい中華料理の店を二軒、好みのカフェも見つけました。

顧客だった方が近くに住んでいて、引っ越し疲れに甘酒を持ってきてくださり、
新潟直行で仕入れている新鮮な魚屋のスーパーを教えてもらったり、小金井の
グリーンロードを一緒にサイクリングに出かけ、お薦めのカフェで美味しい
ランチを食べたり、この間の日曜には師匠とお弁当を持って黒目川沿いを歩いて
平林寺まで行き、新座温泉に立ち寄り新緑を楽しんできました。

清瀬駅から歩いて30分かかるのですが、まったくその遠さが気になりません。
ここでの生活を満喫しています。

この年で、また家なしかと一時はどうなるかと思いましたが、なるようになって
いくもんです。

お弟子さんやら友人たちに助けてもらって、無事落ち着きました。
本当に感謝です。

引越しは大変だけど、人生のリセットになりますね。
引越しが決まったら、清瀬や小平から講座の依頼が来るのですから、何か導かれて
いるかのよう。

どんな環境でも居心地良く暮らすのが私のモットー。
与えられた条件の中で最善を尽くすことにしましょう。

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2016年8月 4日 (木)

断舎利モード

Photo
暑い中、モノを減らすべくごみ出しの日に合わせて、捨てている。

しまいこんでしまっているとすっかり、しまってあるものを忘れてしまい、押入れから
出てくるわ、出てくるわ、ものだらけ。
体癖10種の典型だ。

いっぺんにやろうとしても無理だし、続かないから45リットルのごみ袋2個と決めている。
先月の半ばから始まった。

まずは、しまいこんでいた茶道具の数々とお雛様の引き取り先を海老名の友人を
通して知り合ったHさんに譲ることにした。

ものを通して私のライフストーリーが立ち上がってくる。
「こんなものを所有しているなんて知らなかった」と友人には驚かれた。
波乱万丈、人には話せない色々なことがあったなあ。

久しぶりに出してみると「もの」達が育っているかのようで、味わい深くなっている。
まあ、ひいき目かもしれないけど、「もの」とだって人は交流しているというのが
私の持論。

Hさんは当日、大きなトランクを持ってきたが正解だった。
自分が楽しんだ後は、また喜んで使ってくれる人に手渡していけばいい。
Hさんはとても喜んで受け取ってくれたので、私も安心。

あてにしていたお雛様のもらい手がダメになり、師匠の娘さんの出産を待っている
状態。10月に生まれる赤ちゃんが女の子だったら、引き取ってもらえそう。

Dscn09000002この真多呂人形のお雛様、35年前にたまたま、歩いていて足が止まってしまい、衝動買いした。
その当時の私にとっては大金だった。
衣装は地味だけど、顔の表情がふくよかで気品があり釘づけになってしまったのだ。

こういう買い物、めったにないけど、一生に何度かあるみたい。
買った後、後悔することはない。出逢ってしまったという感じが強烈で、モノの方が私に向かって飛び込んでくるのだもの。

もし、見つからなければ、地域で代々のお雛様を飾って観光客を呼んでいる場所に
でも寄付しようかと考えている。

自分にとって、大切にしていたものから手放すことを手始めに弾みがついた。
第二段階は洋服、その次に本と食器という流れだが、
世の断舎利ブームの情報に、なるほどとは思いながら、たよりにするのはサイコロ。

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キープするのと捨てるのと保留にわけて、とりあえずプラスチックの引き出しを
ボックス替わりにして、押入れにしまう。

これで、荷物は減ったのか!?
ゴミ袋2個分は処分したが、それでもまだまだ、ある。

007 押入れ用プラスチックケースの引き出しの外枠を
分解してゴミに出すつもりだ。

でも、このままだと粗大ごみで有料になるから、30センチ以内に
切って燃えるごみに出そうと思ったが、このケースを切るのは手ごわい。

よく切れる道具が入りそうだ。そんな道具を買ってものを増やすより、有料でも
粗大ゴミに出した方いいかと迷う。また、考えなくては。

ここで、一挙に疲れがでて止めることにした。

先の長い道のりになりそうだなあ。

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2016年4月27日 (水)

ちょっと、復活

引きこもりモードでした。

まあ、周期的に盛り上がったり、盛り下がったりが激しいので、気ままなブログで
すみません。

それにしても、今年の春は体調不良。

3月に多治見の護身術の講座に繋げて、
下呂温泉で遊んで帰ってきてから、吐き気と下痢。その後は歯茎が痛み出し、
食べることが苦行になって、落ち込んでいました。

それに、今年は花粉症デビュー。
目玉を取り出して、洗いたくなるようなゴロゴロ感と止まらない鼻水がこんなに
鬱陶しいとは・・・。

寒暖の激しさに身体がついていけなくて、悲鳴を上げているような状態でした。
炎症を起こして適応しているということかな。

桜を愛でる気にもなれず、引きこもってもっぱら、読書三昧。
よけい、頭に気が上って、悪循環なんだけど、分かっているけどやめられない。

凡人ですから。

久しぶりに海老名市で議員やっている友人とそのお仲間4人で、
世田谷パブリックシアターでやっていた渡辺えりと戸田恵子の二人芝居ミュージカル
わがまま」を観てきました。

Wagamamamini
あいかわらず、テンションの高い舞台で、脇役女優の舞台裏のコメディに、
抱腹絶倒。大いに笑って、楽しみました。

相手役に戸田恵子を選んだのが成功していると思いました。
渡辺えりの存在感に拮抗できる女優ってそう、いないですもん。

美声と役者として演技力、音域の広さに圧倒されました。前から、いい女優だと
思っていたけど、すっかりファンになったわ。

それにしても、すごいエネルギーでした。とても同年代とは思えない。
わがままにも色々な意味があるけど、
自分の人生をいきたい人はみんな、わががまじゃないの。

わがままで、気ままな私が言うのもなんですが、迷惑かけて、嫌われないを
目指します。

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2016年2月18日 (木)

春はまだ?

001                      シクラメンだけは元気。

ここのところ、体調を崩し気味だった。

寒暖の差が激しいせいもあるが、護身術の講座が二日続けてあり半袖のTシャツで
汗をかいたのがたたった。

いきなり、セキ風邪になり夜、寝られないのが続いた。
その前にも、カレーにあたり嘔吐と下痢が続いてまる二日寝込んだ後だ。
1月の遊び疲れが今頃、出たかなあと思ってみたけれど・・・。

カレーが食べたくなるのはだいたい、疲れている時なのだが。刺激物を取って
活性化させようとするみたいだが、今回はからだが受け付けなかった。

まあ、素直に症状に出るのは悪くないから、寝てればいいとぬくぬくと幸せな
寝込み状態だった。

水だけ飲んで空っぽになり、毒素が抜けた気がして楽になったのはいいのだが、
空腹を感じて、起き上がろうとしたら、なんと立ち上がれない。

まったく、足腰に力が入らず、燃料切れだ。

まいったなあ、点滴でも打ってもらわないとだめかなと思ったが、救急車は呼びたくない。
這いつくばって、冷蔵庫を開け、りんごを取り出した。

引き出しからナイフとおろし金を出して、りんごをすり、食べた。
元気なときにはすりおろしたりんごなんてちっとも、美味しく感じないのに、美味しい!

その後、またふとんにもぐりこみ、小休止。1時間後に蘇生した。
この落差の激しい身体、まったくジェットコースターだ。

そして、続けてドジをした。

もう2度目なのだが、昨晩、太極拳の帰りにパスモを失くした。
駅を通過した時にはあったのだから、どこかで落としたのだろう。
帰宅してから気が付いた。

占ってみたが出そうもなかったので、また駅まで戻って、止めてもらった。

オートチャージになっているから、使われたくない。

ポケットは鬼門だ。入れたつもりで外に落とすことがよくある。
なくすから、オートチャージにするのは止めとくほうがいいと言われた周囲の声が
こだまする。まったく、その通りで返す言葉がない。

探していたグラナドスのスペイン舞曲集がヤフオクで安く出ていたので落札したら、
なんとCDではなく、来たのはレコードだった。

うっかり、見落としていた。
この1枚のためにレコードプレイヤーを買う気にもなれず、CDを買ってしまった。

いったい、何をやっているのやら。
とはいえ、このピアノ演奏(アリシア・ラローチョ)は絶品。

CDを聴きながら、多少は日がのびた黄昏時間を慰めているこの頃です。

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2016年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

 

            2016_001_22016_002

穏やかな元旦でした。

例年通り、従姉宅でおせち料理のお相伴に預かりました。
最初に小豆餅、納豆餅、お雑煮と三種類のお餅をお腹に入れたのがよかったのか、
銀嶺月山大吟醸、きらら焼酎、赤ワインものお酒を楽しむことができました。

お餅といっても小さめにしてもらったので、普通サイズでいえば2個分ですが、
私にしてはよく食べました。

銀嶺月山は、白ワインのような飲み口で馥郁とした香気に満ちた日本酒でした。
山形月山の麓で醸造されているようで、ネットで検索したら、限定品です。
けっこう、希少価値の高いお酒なのですね。

従姉夫婦が山形に里帰りした時に地元の酒屋で買って来るとのこと。
毎年、違うのでその都度楽しみです。

帰り道に迷いたくないので、明るいうちに帰るつもりが、二人の娘さん達を
交えた女4人のオシャベリに夢中になってしまい、暗くなってしまいました。

「4日から九州へ湯治に行く」と話したら、従姉からはキャリーバックにダウンコート、
マフラー、ヒートテックのインナーを、食べ物は大好物の秘伝豆と数の子にりんご、
夫さんからは私が関心ある分野の書籍を4冊も下さり、大きなお年玉になりました。
空手で帰ったことがないから、従姉宅は私にとって打出の小槌みたいです。

「太ったから着れなくなっちゃたのよ」と口実を設けては私に新品同様の洋服が
降ってきます。従姉が膨張し続けてくれる限り、私が着るものに不自由しない
みたい。

ホントに私の周囲にいる人たちに感謝です。
元旦から大笑いして福の神を呼び込んだ気分です。

今年もよろしくお願いします。






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2015年12月31日 (木)

今年を振り返って

今年は良い年でした。
還暦を迎えた年が平穏無事に過ごせたことに感謝しています。

元気なうちに見たいものを見ておきたいし、関心のあることは試してみたいと思い、
朗読のワークショップにも参加して発表もできたし、
二年たった太極拳も奥が深くて、毎週の稽古が待ち遠しい状態になっています。

仕事に繋げた旅やら、気ままな一人旅も思う存分楽しみました。

60歳過ぎたら暇つぶしでいいと思っています。
暇つぶしの人生なんて言うと、顰蹙を買う場合もありますが、強い使命感を持って
生きるのは、どうも私には似合いません。

60歳になって、ようやくそう思えるようになりました。
人生の前半、波乱万丈だったし、50歳になってやっと、楽になった気がして、
今ようやく、平穏ってこういうこうとなのかということを体験している真っ最中です。

平穏な状態がいつまで続くのかと不安になったり、
こんな自分の快楽だけ追ってていいのだろうかと後ろめたい気持ちになったりも
しましたけれど、大変なことばっかりにエネルギーを使ってきたから、平穏な生活に
慣れていないだけなのだと分かりました。

時々、暴走するけれど、好奇心を全開しながら暇つぶし人生を充実させていきます。

今朝、早く起きてお墓参りに行ってきました。
2時間近くの時間を亡くなった両親と心の中で会話しながら掃除をして、きれいに
なった墓地に花を飾り、線香を焚き、般若心経を唱えました。
一年の締めくくりのお墓参りは私の個人的な儀式と化しています。
とても清々しい気持ちになれますから。

その後、海老名市の市議会議員になった友人と事務局を担ったIさんの3人で
年越しそばを食べ、話題になっている図書館ウオッチングに出かけ、オシャベリに
花を咲かせました。

私とは違う志の高い友人を持っていることは、私の財産です。

気ままなブログですが、今年一年ありがとうございました。

皆様良いお年を!

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2015年12月 2日 (水)

新聞記事から 報道の偏り批判から

今朝、朝日新聞のデジタル記事から、神奈川新聞に連載されている「時代の正体」
への批判に応える形の記事を遅ればせながら読んだ。

論説委員石橋学さん反論記事だ。

よくぞ言ってくれたと感動した。

記憶に留めて置きたいなと思い、転載します。

時の政権(安倍政権)が報道機関に対して、「報道の中立、公平を求める」なんて
口出しするのは、権力の乱用だ。

政府に都合のいい記事を書けと公言しているのと同じ。

私が望むメディアの役割は権力への監視役としての機能だ。
記者クラブ制度に守られた日本のメディアのあり方では、常々、そのような機能を
期待しても無理だとは思っているけど、中にはジャーナリストとしての気概を持って
いる人もいるのですね。

タイトルになっている「論を興し民主主義を体現する存在」であるのはジャーナリスト
だけではなく、一人一人が多様性を当たり前のものとして異論を尊重するありかたを
自分の中に築いていくしかない。

どこかで少数派でも違う場所では多数派になるということはあるから、異論を尊重
するという体験は民主主義の要だもの。自分を試されますね。

私もまだ、まだ発展途上です。

*******************************

    【論を興し民主主義を体現する存在でありたい】

本紙論説・特報面の「時代の正体」シリーズについて、記事が偏っているという
批判が寄せられる。
それには「ええ、偏っています」と答えるほかない。
偏っているという受け止めが考えやスタンスの差異からくるのなら、私とあなたは
別人で、考えやスタンスが同じでない以上、私が書いた記事が偏って感じられても
何ら不思議ではない。
つまり、すべての記事は誰かにとって偏っているということになる。
あるいは、やり玉に挙げられるのは安倍政権に批判的な記事だから、政権の悪口
ばかり書くなということなのかもしれない。
これにも「でも、それが仕事ですから」としか答えようがない。
権力批判はジャーナリズムの役割の一つだからだ。
それは先の大戦で新聞が軍部や政権の片棒を担ぎ、非道で無謀な侵略と戦争を
正当化し、美化した反省に基づくものでもある。
そして私たちはいま、権力の暴走を目の前で見せつけられるという歴史的瞬間の
ただ中にある。
○拡大する暴走
シリーズを始めたのは2014年7月15日、安倍晋三内閣が集団的自衛権の行使を
容認する閣議決定に踏み切った2週間後のことだ。
憲法上許されないとされてきたものが、解釈をひっくり返すことでできるようになる。
憲法という権力に対する縛りを為政者自らが振りほどき、意のままに振る舞うさまは
暴走の2文字がふさわしかった。
権力の暴走はしかし、歯止めになり得なかったジャーナリズムの存在意義を問うて
もいた。私たちは何を見落とし、何を書き逃してきたのか。「時代の正体」なる大仰な
タイトルはその実、時代を見通す目を持ち得なかった自分たちのふがいなさの裏返し
にほかならず、遅ればせながらの再出発をそこに誓ったつもりだった。
暴走はいま、加速し、拡大の気配さえみせる。
政権に不都合な報道をするマスコミを懲らしめるべきだと与党議員が息巻く。
安全保障関連法を強行採決によって成立させる。
果ては国会前で抗議デモを続けてきた大学生に殺害予告が届く。
それは異論を封じ込め、排除する風潮が政治によって醸成、助長された帰結である
に違いなかった。
○多様性を守る
言論の幅が狭まれば民主主義は根元から揺らぐ。そうであるなら、私たちが直面
しているのは、新聞記者である以前に社会を構成する一員としてどのように行動
するのかという問題であるはずだ。
民主主義の要諦は多様性にある。一人一人、望むままの生き方が保障されるには、
それぞれが違っていてよい、違っているからこそよいという価値観が保たれていなけ
ればならない。それにはまず自らが多様なうちの一人でいることだ。
だから空気など読まない。忖度(そんたく)しない。おもねらない。孤立を恐れず、
むしろ誇る。偏っているという批判に「ええ、偏っていますが、何か」と答える。
そして、私が偏っていることが結果的に、あなたが誰かを偏っていると批判する権利
を守ることになるんですよ、と言い添える。
ほかの誰のものでもない自らの言葉で絶えず論を興し、そうして民主主義を体現
する存在として新聞はありたい。
(論説委員・石橋学)

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2015年11月18日 (水)

友人の快挙 海老名市議会議員に当選!

6月以来ブログを更新する気になれず、いつのまにかもう、11月半ばに来てしまいました。

旅行、読書、美術館巡り、能鑑賞など、自分の楽しみばかり追う日々。
時々、仕事をしながら自足した生活を送っています。

余生はおつりと思って生きている感じです。

だって、いつ死ぬかわからないじゃないですか。今年も二、三回死に
かけました。またまた、肉を喉に詰まらせて、です。

窒息死がだんだんリアルになって来ました。

あんな苦痛は勘弁だと思っていましたが、何回かやると覚悟もできるってもんです。
24時間苦しむわけじゃないから、「まあ、いいか」と。

私らしくて、皆笑ってくれるよね。

さて、まだ今年は終わっていませんが今年一番の喜びは、友人が62歳にして
市議会議員に立候補して当選したことです。

それも上位当選(4位)で新人ではトップです。
海老名市民も捨てたもんじゃありません。

去年の12月に彼女から「家族にもまだ話していないんだけど、市議会議員に立候補
しようと思っているんだけど」と相談されました。

女性の立候補を阻むのは家族だそうです。家族にも多大な影響を及ぼすのだから、
当然ですけど。
一番に話を聞かせてくれたのは正直、嬉しかったです。
無意識に私なら背中を押してくれそうと思ったのかもしれません。

私はもちろん、お尻に火をつけましたよ。
だって、むかしから(20年近く前に会った時)政治家向きだと思っていました。
本人曰く、揶揄されているようで嫌だったというのですが。

彼女の持っているよい意味での攻撃性を活かせるし、闘う対象を持っていた方が
バランスが取れると体癖的な視点からも思っていたのです。
市民活動の実績だってあるわけだし、天職じゃないかと確信してました。

先進国の中で日本の女性議員は悲しくなるほど少ない。まだまだ、この国は
コテコテの男社会。

まして選挙となると、「じばん(地盤)、かんばん(看板)、かばん(鞄)」という組織、
後援会や知名度、資金力がなければ勝てないと言われる世界。

そもそもこれが男社会の象徴です。

無党派で組織や後援会も作らずに一個人としての政治に対する怒りをばねに人生
の大博打に挑んだ彼女。

当選率は20%だといわれてもめげずに、首からプラカードをぶる提げ、駅で
街頭演説を毎朝続けている話を聞いて、この必死さはかならず人に伝わるはずだと、祈るような気持ちでした。

彼女が立候補するなんて言わなかったら、私もあんなにたくさんの政治関連の書籍や資料を読むことはなかったでしょう。
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『市民派議員になるための本』を読んで立候補する気になったというのだから、これだけで議員になる資格ありです。

この本は議員になりたい人にとってはバイブル。でも、一人で内容を消化するのは大変というのが私の正直な感想。
著者の寺町みどりさんが開催する塾にも参加し、「落ちこぼれてる」と愚痴りながらも走り出した彼女は自分の頭で考えることを止めなかった。

私も情報を集めるためにネット検索で徹夜することもしばしばで、彼女とのやりとりがとても刺激になって楽しかったのです。
彼女を通して政治に興味が持てたし、いかに自分がおまかせ民主主義に安住していたか思い知らされました。

でも、私のエネルギーが続いたのは、具体的な選挙運動が始まる前まででした。

私は海老名市民ではないし、選挙戦に入ってからは手伝えることなんかあまりない
のです。ちらしを折るのだって、几帳面じゃないからきちんと折れないし、人とつるむ
のも社交も苦手だし、公選ハガキを集めるなんて話を聞いたら、とたんにみぞおちが
硬くなって具合が悪くなったし、行動もしないで口だけ出すのも気が引けるし、
実際の活動からは身を引いたところで見守ることにしました。

自分に似合ったスタンスを取らないと、私も楽しめなくなるしなあ。

真剣な熱意ってちゃんと人に伝わるのです。
どんどん応援してくれる人たちが増えて、当選率20%の壁を突破しました。
選挙のやり方まで変えてしまったのですから、たいしたものです。
ウーマンパワーの賜物でした。

年齢に関係なく、いつでも人は望めば、チャレンジできるのですね。
そのいいモデルを見せてもらいました。

友人、田中裕子さんのマニフェストです。

議員になってからの方がもっと大変でしょう。
でも、あの厳しい選挙戦を大変でも楽しいと言いながらやり通したのですから、
新たなステージでもエネルギーを全開して、誠実に取り組むことでしょう。

現状の社会や政治に絶望していましたが、私にとっては今年最大の希望を
感じたビックニュースでした。

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2015年6月17日 (水)

水無月つれづれ

六月は湿める月、うるおう月、濡れそぼつ月、雨の月に始まる幸田文の随筆に
触発されて、鬱陶しい梅雨時を楽しむことにした。

この文章に出合ったのは文京区主催の朗読ワークショップ。
朗読を聴くのが好きなので、自分でもできたらと思って、区報で目にした募集記事に
応募した。運よく抽選で当たった。
たった4回で上達するわけもないのだが、プロの講師が二人も来て毎回、体に声を
響かせる声の出し方や早口言葉の練習をして、配布されたテキストから好きな文章を朗読する。

声を出すことそのものが気持ちよいので、毎回楽しく参加している。

初日に幸田文の「うるおう」というタイトルの文章にぐいと惹きつけられた。
水も潤沢な六月の旅が好きだと言う。
私にとっては不快指数の絶対値が一番高い月を好きだと言い切るこの感受性に
目を瞠った。

さすが、この切れ味といい、潔さ。かなわない。
でも、ちょっとあやかりたい。

季節を楽しむには花が一番。

それで思い立って堀切菖蒲園に出かけた。

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今年は桜も見た気がせず、藤の花もタイミングをはずして、ようやく見ごろの花を
目で楽しんだ気がした。

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そんなに広くはないが200種もの花菖蒲が6000株も植えられている。
無料で楽しめるのはありがたい。

堀切菖蒲園までの途中はあじさいが満開。その名もあじさい通り。

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016足を伸ばして荒川の水辺公園へ行った。

川向こうに見えるのはスカイツリー。
しばらくベンチに座って、湿度を含んだベールの中に身を置き水の月を味わうことにした。

水のうるおいは花の色や木々の緑をなんとくっきり、
際立たせることだろう。

季節に良し悪しをつけるのは人間が傲慢だからと思えてきた。どんな季節も感受性
を磨いて楽しむ。不平を言っているほど残された人生長くないってことです。

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